「コスパ」「タイパ」を叫ぶ若者が絶対に勝てない理由。【斉藤啓】
どーしたって装丁GUY 第6回
■フツーと破綻は、和解できる
さて、ブース内部に足を踏み入れてみると、そこには11枚の大型展示パネルが環状にずらりと並ぶ。あれだけデザインに大苦戦したのが嘘のように、版下屋さんと写植屋さんたちがカチッとキレイに仕上げてくれた。完成してしまえばちゃんとした、とゆうか、よくありがちな、ごくフツーの展示パネルでした。
ただ、イメージイラストの異物感がすごい。このイラストは、ぼくが毎晩朝までかかってポスターカラーで描いたもの。“フツー”と“破綻”が1枚のパネル上にミックスされ、期せずしてこれが、パネルを読むうえで退屈させない構成になっている。うん、このバランス、意外に悪くないかも。
パネルからブース内部に目をやると、そこには、老若男女さまざまなお客様がお越しになっていました。家族連れ、カップル、中年の夫婦。冷やかしで寄ったスーツ姿のサラリーマン、走り回る子供たち、その後を微笑みながら追う若い夫婦、パネルを一枚一枚じっくり読み込む老紳士。なんならホームレスのおじさんも、遠巻きからブースの中を覗き込んでいたのです。
視覚を通じてヒトに何かを伝える。それがグラフィックデザインならば、伝えるべき相手は、「この人たち」で、マーケティング理論の記号化された「ターゲット」ではない。
■広告業界、オトナの礼節
ブースの隅っこで人の流れをみつめながら、そんなあたりまえのことをぼんやりと考えていると、
「いやぁ、まさに芸術の秋!って感じですな!」
めずらしく声を張って、東京電力のワタベ部長が大股でやって来ました。侍従の者のように2歩下がって急ぎ足で付き従うサトウさんの姿も。このイベントのクライアントであり直接の担当者である彼ら。仕事中は、時に厳しく、時に鋭く、東電広告のみんな&ぼくを指揮してくれた2人が、今日は超上きげん。
手作り感満載とゆうか、よくも悪くも芸祭(藝術大学の学祭)っぽい雰囲気のブースを、ニコニコと嬉しそうに、あちこちほっつき歩きまわって、何事かを喋り笑いあってる。そんなワタベ部長の無邪気な姿が、失礼ながらなんだかかわいい。
ひとしきりブースを見回り戻った笑顔のワタベさんは、突然表情を引き締め足を揃え、ぼくに向き直り、「斉藤さん、このたびは素晴らしい芸術作品をありがとうございました!」と、深々とお辞儀していただいたのです。
年齢も、社会的地位も、仕事上の立場もずっと上の彼が、どこの馬の骨とも分からない10代のぼくに敬意を払ってくれる。未熟者だと知ったうえで、それでも相手に礼を尽くす。
シャカイにはこんなカッコいいオトナがいるんだ。
ムサビ在学中はすっかり拗らせてスネてフテって、周囲に呪詛オーラを撒き散らしてたけど、じっさいそこから外界へ出てみると、世界は思ってたよりずっとフェアで、素晴らしくて、美しいものがいっぱい自分を待っているのかもしれない。
黄昏時の日比谷公園、上半分だけの地球に、ゆっくり沈む夕陽。その光景が、なぜだか今も目に焼き付いて離れないんです。
